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みかんのたね

薬学や研究の話、くだらない話、愚痴などを書きます。

競争は研究不正の言い訳にはならない

研究発表で大切なことは何か、ということについてラボの学生同士で話していました。色々な意見が出ました。皆それぞれの案があって、いいなと感じました。研究発表のスタイルはもちろん人によって違うものですし、そこに面白さがあると思います。研究に完璧はありませんから、どこかで妥協せざるを得ません。どういう妥協を許して、どういう妥協を許さないか、というのは個性がでます。

 

ですが、科学者ならば誰もが許さない、という種の妥協がある。そんな方向に話が進みました。そういう妥協をやりながら、平気な顔で実験台に向かっていられる環境があったとしたら、恐ろしい話です。

 

実験をしていれば、私も興奮して飛び上がりたくなることがあります。今日もそうです。でも今日の興奮は他人から見れば大したことではなく、標本が上手く作れたとか、その程度の話です。それでも私は興奮しました。標本を作るのに、1ヶ月かかりました。この標本をつかって、いくつかの新しいことが発見できると思います。私が知りたかったことを解明するための、確実な一歩です。

 

私が知りたいことを解明していく、というサイクルの中にはねつ造のような不正など入り込む余地がないと思います。勘違いならあり得ます。勘違いして、そのまま前に進んで勘違いに気付き、少し立ち戻ってやり直すのはむしろ日常です。そうやって疑問が解決されていきます。解決できないまま積み残してある課題もあります。でもいつか解明できると思います。

 

論文業績は出さなきゃ生き残っていけないと思います。確かにそうです。職業として科学を選べば、生産性を求められるに決まっています。それでも素直に誠実に課題に取り組むしかないと思います。それが科学者だと思います。どんな仕事でも、社会のルールとか倫理観と整合性を持たせる努力が求められます。軍人だって同じです。競争が激しいから、なんて言うのは言い訳にならないと思います。

 

だいたい、言い訳ばかり考える人は、科学に向かないと思います。言い訳では、新しい世界観を創っていくのは難しいです。恋人と喧嘩している時だって、お互い言い訳ばかりしている間は前進できないということは誰でも知っているはずです。言い訳したくなるような辛い状況で、どうやって一歩を踏み出すかということが大切だと思います。その一歩がとても勇気の要る一歩であるということを、研究をやっていると強く感じます。この一歩を踏み外したら、と思うとなかなか踏み出せないものです。そういう仮説に挑戦していくには、精神力もそうですが、素直さが大事です。純粋に、知りたい、という気持ちがあればその一歩は踏み出さずにいられないと思います。そして、そういう人が研究をやっていてくれたら、その研究室はとても明るいだろうなと感じます。